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大阪地方裁判所 昭和48年(ワ)5398号 判決 1975年10月30日

原告

八木節

被告

龍宝堂製薬株式会社

ほか一名

主文

一  被告らは各自原告に対し金七三〇万四五七三円およびうち金六七〇万四五七三円に対する昭和四五年一一月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は一項にかぎり仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告らは各自原告に対し金九七四万二七〇〇円およびうち金八七四万二七〇〇円に対する昭和四五年一一月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴託費用は原告の負担とする。

第二請求原因

一  事故

八木啓(以下啓という。)は、つぎの交通事故により傷害を被り、昭和四五年一二月一日午前八時二〇分死亡した。

1  日時 昭和四五年一一月二八日午前一時ころ

2  場所 高槻市上本町六番地先路上

3  加害車 普通乗用自動車(大阪五五す三〇五七号)

運転者 被告宮本

4  被害者 啓

5  態様 前記場所において啓らが公共下水道工事(昭和四五年度公共下水道事業第一四工区工事)作業中で、道路東半分を閉鎖して西半分の片側通行であつたところ、加害車が右工事現場に突入し、舗装アスフアルト下の砕石をコンクリートブレーカーで砕いていた啓をはねた。

二  責任原因

1  運行供用者責任(自賠法三条)

被告会社は、つぎのとおり加害車を自己のため運行の用に供していた。

被告宮本は被告会社(オツペン化粧品本舗)京都統轄支店長であつたが、加害車を専ら被告会社の業務に使用しており、本件事故は被告宮本が高槻支店で職員採用の面接および販売研究会の講師の仕事をして帰る途中に発生したものであるうえ、被告会社は被告宮本がその業務に必要なため加害車を購入したとき代金二〇万円を支出しているほか加害車のガソリン代を支払つていたものである。

2  使用者責任(民法七一五条第一項)

被告会社は、その営む事業のため、被告宮本を雇用し、同被告が被告会社の業務の執行とし加害車を運行中、つぎの3記載の過失により本件事故を発生させた。

3  一般不法行為責任(民法七〇九条)

被告宮本は自動車運転者として前方を注視して走行すべき注意義務があるのに、これを怠り、泥酔していたため下水道工事中で片側通行にしている標識に気づかず、本件作業現場に突入して本件事故を惹起した。

三  損害

1  傷害、死亡

啓は本件事故により脳底骨折、右大腿挫創、左脛骨開放性骨折、右下腿打撲の傷害を受け、右脳底骨折のため昭和四五年一二月一日午前八時二〇分死亡した。

2  損害額

(一) 啓の逸失利益 九四三万三七〇〇円

啓は、事故当時三七歳で、株式会社奥村組に坑夫(トンネル掘り)として勤務稼働し、一カ月平均八万円の収入を得ていたものであるが、事故がなければ二六年間稼働し、右同程度の収入を得ることができたところ、生活費は、収入の四〇パーセントと考えられるから、これを差引いたうえ、同人の死亡による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、九四三万三七〇〇円となる。

(二) 葬祭費 四二万円

啓の葬祭のため四二万円を要した。

(三) 慰藉料 五〇〇万円

啓は坑夫として経験、知識を要する仕事に励み、働き盛りにあつたものであるが、無暴な酒酔運転のため、老父である原告を残して死亡させられてしまつたのであつて、その無念さは想像に余りあるものであり、以下の点によれば、啓の慰藉料額は五〇〇万円とするのが相当である。

(四) 弁護士費用 一〇〇万円

四  原告の相続

原告は啓の父であつて、同人の死亡によりその被告らに対する本件損害賠償請求権を相続により承継した。

五  損害の填補

原告は、つぎのとおり支払を受けた。

1  自賠保険から 五〇〇万円

2  被告宮本から 一一一万一〇〇〇円

(ただし、内金四二万円は葬祭費として、残金六九万一〇〇〇円はその余の損害賠償内金として支払われたものである。)

六  結論

よつて、原告は、被告らに対し本件事故に基づく損害の賠償として九七四万二七〇〇円およびうち弁護士費用を除く八七四万二七〇〇円に対する事故日の昭和四五年一一月二八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各自支払を求める。

第三請求の原因に対する被告らの答弁

一  請求原因一の事実は認める。

二1  同二1のうち被告宮本が被告会社京都統轄支店の支店長であつたことは認めるが、その余の事実は否認する。

被告宮本は加害車を通勤以外に営業用に使用していたことはあるが、通勤交通費をガソリン代に充当していたにすぎず、また本件事故は同被告が午後八時ごろ仕事を終えた後、二軒の店に仕事とは関係なく飲酒に行き、飲酒の末加害車を運転中に惹起したもので、被告会社には運行供用者責任はない。

2  同二2の事実は否認する。

3  同二3のうち被告宮本が泥酔していたとの点は否認し、その余の事実は認める。

三1  同三1の事実は認める。

2  同三2のうち啓が本件事故当時三七歳であつたことは認め、その余の事実は争う。

四  同四の事実は不知。

五  同五の事実は認める。

第四被告らの抗弁

一  和解契約

被告宮本と原告の代理人である八木巌との間において昭和四九年三月二〇日ころ本件事故についてつぎのとおり和解契約が成立した。

(イ)  被告宮本は原告に対し本件損害金として合計九〇〇万円並びに弁護士費用を支払う。

(ロ)  右九〇〇万円の内には既に支払済の約七〇万円並びに自賠責保険金五〇〇万円を含むものとする。

(ハ)  被告宮本は原告から弁護士費用の連絡があつた後速やかに残金約三三〇万円並びに弁護士費用を啓の勤務していた大阪市阿倍野区所在の株式会社奥村組事務所にて支払う。

(ニ)  原告は被告両名に対しその余の請求をしない。

二  一部弁済

被告らは原告に対し香料として各五万円宛を支払つた。

三  消滅時効

原告は昭和四八年一一月二七日本件事故による金損害は一三五六万一九二〇円であり内金五六七万一〇〇〇円の支払を受けたとして残損害金全額七八九万九二〇円の支払を求めて本訴を提起したが、その後損害が拡大した事情も存しないのに、昭和五〇年二月一九日付請求の趣旨拡張の申立書をもつて損害額の増加を主張、請求した。しかし、本件事故日は昭和四五年一一月二八日で、啓の死亡日は同年一二月一日であるから、右請求拡張のときは損害および加害者を知つた日から三年を経過しており、右拡張された損害が仮に存するとしてもこれに関する被告らの責任は時効によつて消滅しているので、被告らは昭和五〇年五月二二日の本件口頭弁論期日において右時効を援用した。

第五抗弁に対する原告の答弁

一  抗弁一の事実は否認する。

二  同二の事実は認める。

三  同三は争う。

第六証拠関係〔略〕

理由

一  事故

請求原因一の事実は当事者間に争いがない。

二  責任原因

1  運行供用者責任

〔証拠略〕によると、被告宮本は被告会社(オツペン化粧品本舗)の京都統轄支店長(この点は当事者間に争いがない。)として、傘下の各支店を統轄し、各支店を巡回するなどして販売指導、人事管理のほか商品配達等の業務を担当していたものであること、被告宮本は右業務の遂行上車両を必要としたが、京都統轄支店においては業務用の車両が配車されていなかつたので、業務用に使用するため本件加害車を購入したこと、その際被告会社は被告宮本が業務の必要上本件加害車を購入することを了知したうえ、その購入代金二〇万円を無利息で同被告に貸与したこと、かくして被告宮本は本件加害車を通勤用および業務用に使用していたこと、被告会社は本件加害車のガソリン代を経費に計上することを許容していたこと、被告宮本は昭和四五年一一月二七日傘下の高槻支店に出張するため、営業用の商品を積載した加害車を運転して同日午前八時四五分ころ同支店に到着し、その後同支店において販売担当者の指導、職員採用の面接等の職務に従事して同日午後八時ころ仕事を終えたこと、その後被告宮本は高槻支店長下岡千都男を同人宅まで送りがてら同支店から帰るため同人を加害車に乗車させて運転し、途中阪急京都線高槻駅付近の飲食店二軒に立ち寄つて飲酒したうえ、再び加害車を運転走行中に本件事故を惹起したものであること、以上の各事実を認めることができ、右認定の各事実によると、本件事故時における被告宮本の加害車の運行については、被告会社の運行支配および運行利益下にあつたものと認めるのが相当であり、右認定を覆すに足りる証拠はない。

そうすると、被告会社は本件事故により啓の被つた損害につき運行供用者責任を免れることはできず、自賠法三条により右損害を賠償する責任があるというべきである。

2  一般不法行為責任

請求原因二3の事実は被告宮本が泥酔していたとの点を除き当事者間に争いがない。そして、〔証拠略〕によると、被告宮本は本件事故前に二時間以上に亘つて清酒約三合、ウイスキー水割二杯を飲酒したため、本件事故当時相当程度酩酊し、適正な運転操作ができない状態にあつたことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

以上によると、被告宮本は民法七〇九条により本件事故による啓の損害を賠償する責任がある。

三  損害

1  傷害、死亡

請求原因三1の事実は当事者間に争いがない。

2  損害額

(一)  啓の逸失利益 七六一万五五七三円

啓が本件事故当時三七歳であつたことは当事者間に争いがないところ、〔証拠略〕によれば、啓は、事故当時株式会社奥村組に坑夫(トンネル掘り)として勤務し、事故直前三カ月間の実績によれば、一か月平均七万七四九八円の収入を得ていたことが認められるが、経験則によれば、同人は、本件事故がなければ、第一三回生命表により認めることができる同年令男の平均余命に該当する三五・四年間生存し、その間の六三才まで二六年間稼働し、右収入を得ることができるところ、生活費は収入の五〇パーセントと認められるから、これを差引いたうえ、同人の死亡による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、七六一万五五七三円(円位未満切捨、以下同じ。)となる。

(算式 77,498×12×0.5×16,378=7,615,573)

(二)  葬祭費

〔証拠略〕を総合すれば、原告は啓死亡に際し葬儀をしたことを認めることができるところ、啓の年令、職業、家族構成等の諸事情を斟酌すると、経験則に照らして本件事故と相当因果関係がある葬祭費用として三〇万円を要したことが認められる。

(三)  慰藉料 五〇〇万円

本件事故の態様、結果、啓の年令、職業、その他諸般の事情を考慮すると、啓の慰藉料額は五〇〇万円とするのが相当である。

四  両告の相続

〔証拠略〕によれば、原告は啓の父であつて、他に啓の相続人は存しないことが認められるから、原告は同人の死亡により同人の右損害賠償債権を相続により承継したことを認めることができる。

五  損害の填補

請求原因五の事実は当事者間に争いがない。

よつて、原告の前記損害額から右填補分を差引くと、残損害額は六八〇万四五七三円となる。

六  被告らの抗弁について。

1  和解契約について。

被告らは被告宮本と原告代理人八木巌との間で被告の抗弁一記載の和解契約が成立した旨主張し、〔証拠略〕中にはこれに副うかにみえる供述部分が存するが、右各供述部分は〔証拠略〕に照らしたやすく措信し難く、他に被告らの前記主張事実を認めるに足りる証拠はない。

2  一部弁済について。

被告らが原告に対し香料として各五万円宛を支払つたことは当事者間に争いがないところ、右支払金額、前認定にかかる啓の職業、〔証拠略〕によつて原告が弱電関係の会社員であること等の諸事情に徹すると、被告らの右支払金員をもつて本件損害賠償債務の一部弁済に充当させて然るべきものと解するのが相当である。

そうすると、原告の前記残損害額から右一〇万円を差引くと残損害額は六七〇万四五七三円となる。

3  消滅時効について

本件記録によれば、原告は本件交通事故により啓が受傷、死亡したことに基づく財産上および精神上の損害を全部請求する趣旨で昭和四八年一一月二七日本訴を提起したものであるところ、その後昭和五〇年二月一九日付拡張申立書をもつて、右損害のうち啓の逸失利益の算定方法につき生活費控除率を五割から四割に改めたことにより右逸失利益の金額を増加主張すると共にこれに伴い弁護士費用をも増加主張し、右各増加部分を拡張請求するに至つたことが明らかである。右の経緯に照らすと、本件事故により啓が受傷、死亡したことに基づく財産上および精神上の損害賠償請求権については本訴の提起によりその全体について時効中断の効力が生じており、従つて前記拡張請求は何ら別個の請求権の行使と評すべきものではなく、右時効中断の効力が及ぶ範囲内の請求と解するのが相当である。よつて、その余の点について判断するまでもなく、被告らの消滅時効の抗弁は理由がない。

七  弁護士費用

原告が本訴の提起、追行を弁護士に委任していることは本件口頭弁論の全趣旨から明らかであり、本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、原告が被告らに対し賠償を求める得る弁護士費用の額は、六〇万円とするのが相当であると認められる。

八  結論

よつて、被告らは、各自原告に対し七三〇万四五七三円およびうち弁護士費用を除く六七〇万四五七三円に対する本件事故日である昭和四五年一一月二八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告の本訴請求は、右の限度で理由があるから、これを認容し、その余の請求は、理由がないから、棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大田黒昔生)

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